東京高等裁判所 昭和28年(ネ)2393号 判決
被控訴人は控訴人に対し東京都港区芝中門前町一丁目五番地の二宅地一五坪につき控訴人のため所有権移転登記手続をなすべし。
控訴人のその余の控訴を棄却する。
反訴に関する訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とし、本訴に関する控訴費用は控訴人の負担とする。
二、事 実
控訴代理人は原判決を取り消す、被控訴人の請求を棄却する、被控訴人は控訴人に対し東京都港区芝中門前町一丁目五番地の二宅地一五坪につき控訴人のため所有権移転登記手続をなすべし、訴訟費用は本訴及び反訴を通じ第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用認否は、控訴代理人において、およそ戦災地における権利関係が複雑困難なものであることは一般の常識であり、いやしくもかかる土地を買受けようとする者にとつては、その権利関係を調査確認することはその必要があるばかりでなくむしろ義務である。しかるに被控訴人は現に訴外古跡ぎんが本件土地の占有者としてこれに居住していることを知りながら、同人について立退のことを確めようとはせず、このような占有者がある場合にはその立退を条件とするしつかりした書面を作るのが一般であるのに、このような書面がないばかりでなく、明らかに控訴人によりその作成を拒絶されているのである、もし古跡ぎんの立退が契約内容であるとするならば当然被控訴人において契約を取止めるのが常識であり、それをあえて契約を取結んだのはそれでもよいと考えたからにほかならない。このことからいつても右古跡を立退かせることは本件売買契約の内容をなすものでないことは明らかである、本件の実情は前記書面の要求を控訴人が断つたため契約はいつたん不成立に終つたが、その後間もなく被控訴人の代理人立沢某が大谷敏三郎を介して控訴人に対し前記古跡は被控訴人の方で立退かせるから本件土地を売つてもらいたいと申向け、その結果控訴人はこれを承諾したのである、また昭和二十三年十月頃の本件土地の坪当り価額が金二千五百円というのは誤りで五千円前後が相当価額であつた、仮りに本件売買契約が控訴人の債務不履行により解除されたとしても、解除当時の土地の価額と売買価額との差額をもつて直ちにその損害とするのは失当である、被控訴人は不動産売買を業とする者でもなく、本件が転売を目的としたものでないことは明らかである、控訴人は従来被控訴人の債務不履行により本件売買契約は控訴人により解除せられ、右解除により本件土地所有権は控訴人に復帰したと主張したが、仮りに控訴人の解除が理由なく、被控訴人の主張が認められるものとしても、控訴人が現に本件土地の所有者たることには変りはなく、被控訴人名義の登記は実体にそわないものであるから、ここに被控訴人に対し右土地につき控訴人のため所有権移転登記手続を求めるものであると主張したほか、すべて原判決の事実らんに記載されたとおりであるから、ここにこれを引用する。
三、理 由
当裁判所は次に附加するほか原判決の理由と同一の理由により被控訴人の本訴請求を正当として認容すべきものと判断するから、この点につき原判決の理由を引用する。
本件売買契約において本件土地を占有する古跡ぎんを控訴人において立退かせて約定期限までにこれを被控訴人に明渡すことが、その契約内容をなすものであることは右引用にかかる原判決の理由に説明するとおりに認めることができるのである。右認定に供した原審証人大谷敏三郎は、当時古跡ぎんがバラツクを建てて住んでいたが、昭和二十三年九月までに立退く話がついているとのことで同年五月末頃売買の話し合いが成立したものである、ところが同年九月になつても古跡は立退く様子がないので同証人が控訴人に対し古跡を立退かせてくれないと困るではないかと催促した、すると控訴人は新堀に自分の土地があるからそこへ古跡を移らせて本件土地を更地として渡すといい、現に古跡のため八坪のバラツクを建ててやつた様子であるが、古跡は移転を拒み、その後控訴人は三回ぐらい古跡に交渉した様子でその交渉に出かける前「これから請求に行く」といつて右証人方に寄つたこともあると供述しており、最後に「古跡を昭和二十三年九月には明渡させると被告が言つていたもので、原告が買受けた後に明渡すことになつていたものではありません」と重ねて供述しているのである。この点につき原審証人立沢信秀は「大久保の話によれば本件の土地には古跡ぎんという人がバラツクを建てて住んでいるが、被告がこれを立退かせて更地として呉れるのだとのことでした」と供述しており、原審証人大久保定一の証言及び原告本人の供述もこの点につき同趣旨である。また鑑定人郡富次郎の鑑定は現地を精査し附近宅地の売買実例を調査した上なされたものであることはその鑑定書によりこれをうかがい得るところであつて、当時本件売買に定められた土地の価額が更地の値段としてはむしろ高価に失するきらいはあつてもこれが不当に安価なものであつたことを認めるべき資料はないのである。これらの事情にてらせば前記大谷証人の証言は真実に合致するものと解すべきものである。本件において古跡ぎんを控訴人において立退かせる旨を約した書面のないことは本件口頭弁論の全趣旨から明らかであるが、大体売買契約書自体の作成もないのであるから、前記約旨を記載した書面のないこと、あるいは控訴人がその旨の書面の作成を拒んだことはなんら右特約のないことの証拠とするに足りない。この点に関する原審における控訴人本人尋問の結果は信用できず、その他に右認定をくつがえすべき的確な証拠はない。
次に控訴人は損害の数額について争う。しかし本件売買契約は控訴人の債務不履行により解除され、その解除の結果買主たる被控訴人は契約の目的物を取得することができなくなつたわけであり、その価額に相当するものを失つたことになるのである。その解除当時の価額が売買代金額を超える場合は、解除当時の価額から買主において解除により支払を免れた代金額を控除したものが、売主の債務不履行により買主のこうむる、通常生すべき損害というべく、売主がこれを賠償すべきものであることは明らかである。もつとも解除当時から現にその損害賠償を請求するまでに価額の下落がある場合は、その解除当時これを転売し得たであろうというような特別の事情がなければ解除当時の価額をもつて損害算定の基礎とすることはできないけれども、本件においてはその後価額はむしろ上昇してこそおれ、下落しているものでないことは前記鑑定人郡富次郎鑑定の結果により明らかであるから、この点に関する控訴人の主張は失当である。
反訴につき、本件売買契約は被控訴人の債務不履行により控訴人において解除したとの主張についてはすでに本訴請求について判断したように本件売買契約はそれ以前控訴人の債務不履行により解除せられたものであるから、右主張の失当なことはおのずから明らかである。しかし被控訴人の解除により本件土地所有権は控訴人に復帰し、控訴人は現にその所有者であることは明らかである。しかるに本件土地については被控訴人のため本件売買による所有権移転登記がなされていることは当事者間に争ないところであるから、現在においては右登記は実体にそわないものであつて、控訴人は名義人たる被控訴人に対し右土地につき控訴人のため所有権移転登記手続を請求し得るものというべきである(この場合被控訴人の得た登記は控訴人の前主からのいわゆる中間省略の登記であるから、控訴人としては直接被控訴人に対して抹消を請求し得べきものでなく、先ず自己の前主に対しそれとの売買にもとずく移転登記を請求すると同時に、右前主に代位して被控訴人に対し右中間省略の登記の抹消を請求すべきものであるけれども、登記を現在の権利関係に一致せしめる方法としては右順序によることなく被控訴人に対し直接移転登記を請求し得るとしても、なんら事に害はないのである。)これを求める控訴人の反訴請求は理由がある。
しからば原判決中控訴人の反訴請求を棄却した部分は失当であるからこれを取り消し、本訴請求に関する部分は相当であるから、この点に関する控訴人の控訴を理由のないものとして棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条第九十六条第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)